漱石山房の復元を進める新宿区議会議員の会 結成

最終更新日:2008年12月9日

写真:会場の様子
写真:漱石公園と漱石像
写真:ベランダ回廊
写真:あいさつする中山区長
 新宿は明治の文豪・夏目漱石が生まれ、その生涯を閉じたまち。
 漱石の命日に当たる今日9日、新宿区議会議員38名全員の賛同を得て、漱石山房の復元を目指す「新宿区議会議員の会」結成総会が開催された。

 漱石が晩年の9年間を過ごした早稲田南町の家は「漱石山房」と呼ばれ、大正5年(1916年)12月9日に永眠するまで、「三四郎」「それから」「こゝろ」などの代表作が執筆されたところ。漱石を慕う弟子たちも集った山房の跡地の一部は、昭和51年に区立漱石公園(早稲田南町7)となり親しまれている。昨年の漱石生誕140年には、漱石山房風に復元したベランダ回廊や、漱石関連資料を展示する情報発信施設を設置するなど公園がリニューアルし、山房の復元に向けて期待も高まっている。
 こうした中、漱石と同じ地域に住み、漱石を生んだ地元自治体の区議会議員として漱石を誇りとし、より一層、漱石の功績を顕彰したいとの長年の思いを実現するため、漱石終焉の地に漱石山房の復元を目指す「新宿区議会議員の会」を結成することとなった。

 今日の総会では、結成に至る経過説明や今後の活動方針の提案がされ、「漱石山房の復元のためにその機運を高める一翼を担うことは、地元自治体の区議会議員として大いに意義のあること」と、全議員が一致結束して活動していくことを確認。和やかな雰囲気の中、「新宿の漱石」を共有しようと、事前に実施された「私の好きな漱石の作品」アンケートの結果や寄せられたコメントも紹介された。
 来賓として出席した中山弘子区長は、「全会派でこうした会が結成されたことは、全国に向けて漱石と漱石山房の情報発信に努める区として、本当に心強くうれしいこと。議員の皆さんのお力もいただいて、山房の復元に向けて地道に取り組んでいく」と歓迎の言葉を述べた。

 総会終了後には、新宿歴史博物館学芸員の講演「漱石山房とそこに集った文士たち」が行われ、その後「区議会議員の漱石忌」と銘打って、議員の有志は雑司ヶ谷霊園へ漱石の墓参に向かった。

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「漱石山房の復元を進める新宿区議会議員の会」事務局
電話090(5764)9568(事務局長・山田敏行新宿区議会議員)