角筈地区協議会(旧・新宿駅周辺地区協議会)
最終更新日:2022年12月12日
ページID:000013603
【解散のお知らせ】
平成17年の発足以来、地域の課題解決の場、区政参画の場として活動してまいりました角筈地区協議会は、令和5年6月をもちまして解散いたしました。地域の皆様には、いつも温かいご支援とご協力を賜り、感謝の念に堪えません。厚く御礼申し上げます。
角筈地区協議会は一つの区切りとなりましたが、今後も地域住民の方々が角筈地区の魅力あるまちづくりのために活動する際は、どうか引き続き温かいご支援を賜りますよう、切にお願い申し上げます。
平成17年の発足以来、地域の課題解決の場、区政参画の場として活動してまいりました角筈地区協議会は、令和5年6月をもちまして解散いたしました。地域の皆様には、いつも温かいご支援とご協力を賜り、感謝の念に堪えません。厚く御礼申し上げます。
角筈地区協議会は一つの区切りとなりましたが、今後も地域住民の方々が角筈地区の魅力あるまちづくりのために活動する際は、どうか引き続き温かいご支援を賜りますよう、切にお願い申し上げます。
角筈地区協議会
【経緯】
平成15年、地域住民主体の「課題別地域会議」において、様々な分野の地域課題について熱心な議論が交わされました。この活動を通して新宿区は、地域課題の解決と同時に区政に対しての自由な議論や区と意見交換する区政参画の場となる新しい地域組織を提案。各地区での準備会を経て、平成17年10月に10所の特別出張所ごとに、10の地区協議会が設立されました。
設立当初は「新宿駅周辺地区協議会」の名称で活動。平成25年4月に「角筈地区協議会」と名称変更しました。新宿駅を挟んで東側と西側は江戸時代より角筈村と呼ばれ、昭和40年代に町名変更されるまで地域住民にとって愛着のある町名を掲げることにより、これまでにも増して親しまれる協議会を目指しました。
14年間に渡り活動してまいりましたが、財政面、担い手、事務手続き等様々な点で自主的な活動の継続が厳しい状態となっていました。特に運営に欠かせない委員のなり手や自主財源の確保については、明確な打開策が得られず、委員が協議を重ねた結果、残念ながら令和5年6月解散となりました。
平成15年、地域住民主体の「課題別地域会議」において、様々な分野の地域課題について熱心な議論が交わされました。この活動を通して新宿区は、地域課題の解決と同時に区政に対しての自由な議論や区と意見交換する区政参画の場となる新しい地域組織を提案。各地区での準備会を経て、平成17年10月に10所の特別出張所ごとに、10の地区協議会が設立されました。
設立当初は「新宿駅周辺地区協議会」の名称で活動。平成25年4月に「角筈地区協議会」と名称変更しました。新宿駅を挟んで東側と西側は江戸時代より角筈村と呼ばれ、昭和40年代に町名変更されるまで地域住民にとって愛着のある町名を掲げることにより、これまでにも増して親しまれる協議会を目指しました。
14年間に渡り活動してまいりましたが、財政面、担い手、事務手続き等様々な点で自主的な活動の継続が厳しい状態となっていました。特に運営に欠かせない委員のなり手や自主財源の確保については、明確な打開策が得られず、委員が協議を重ねた結果、残念ながら令和5年6月解散となりました。
役割
次の項目の実現に向けて地域の皆さまと活動しています。
1 町会・自治会をはじめ、既存の地域団体の情報の共有、ネットワークを構築する。
2 多様で開かれた協議会として、地区内の意見が集約される場とする。
3 地域の日常的課題について、解決策を検討する。
4 基本計画等、区の計画に関して区と意見交換や提案をする。
5 各地区が目指す将来の姿の検討及び区への提言を行う。
1 町会・自治会をはじめ、既存の地域団体の情報の共有、ネットワークを構築する。
2 多様で開かれた協議会として、地区内の意見が集約される場とする。
3 地域の日常的課題について、解決策を検討する。
4 基本計画等、区の計画に関して区と意見交換や提案をする。
5 各地区が目指す将来の姿の検討及び区への提言を行う。
エリア
角筈地区協議会は、住宅街・高層ビル街・商業地域・歓楽街という4つの違った顔を持つ特徴的な地域です。角筈特別出張所の管轄地域と区役所本庁地区(歌舞伎町1丁目と新宿3丁目の一部)をあわせています。
組織図
角筈地区協議会では、4つの分科会で活動しています。
角筈地区協議会の組織図
本ページに関するお問い合わせ
本ページに関するご意見をお聞かせください
区政についてのご意見・ご質問は、ご意見フォームへ。