名誉区民

最終更新日:2016年12月21日

 区は、社会文化の興隆に功績があった方に対し、その功績をたたえ、区民敬愛の対象として顕彰することを目的として、平成8年12月に「名誉区民条例」を公布し、施行しました。これまで名誉区民として顕彰させていただいた方々を、ここにご紹介します。(ご紹介については50音順とさせてただきます)
故 大山 忠作平成19年3月15日顕彰
故 大山 忠作 (おおやま ちゅうさく)さん (日本画家 中井二丁目)
 大正11年5月5日、福島県二本松に生まれる。
 昭和15年東京美術学校(現東京芸術大学)日本画科に入学。昭和18年学徒出陣のため繰上げ卒業となった。復員後の昭和21年第2回日展へ「O先生」を出展、初入選し、以後連続出展し文部大臣賞等を受賞、昭和48年には「五百羅漢」により日本芸術院賞を受賞した。昭和61年には日本芸術院会員となり、平成4年から平成7年までの間、日展理事長を務めた。平成8年勲三等瑞宝章を受章、平成11年に文化功労者として顕彰され、平成18年には文化勲章を受章した。人物画を中心に、宗教的作品、花鳥、風景と幅広い題材に取組み、写生を踏まえた平明で繊細な描写が独自の芸術的境地を示し、スケールの大きな画家として高く評価されている。
 氏は平成21年2月19日にご逝去されました。ご冥福をお祈りいたします。
故 金子 鴎亭平成9年3月15日顕彰
故 金子 鴎亭 (かねこ おうてい) さん(書家 下落合三丁目)
 明治39年5月9日、北海道松前郡雨垂石村生まれ。
 昭和7年、書の道を志し上京、新しい書の理念を探究し、芸術としての現代書の創造を提唱する。 昭和27年から32回にわたり「全国戦没者追悼之標」を揮毫する。 昭和41年、第9回日展に「丘壑寄懐抱」を出品し文部大臣賞を、翌年、日本芸術院賞を受賞。昭和48年、近代詩文書作家協会を設立し、理事長に就任。漢字と仮名との調和の中に、創意あふれる多様な芸術表現を目指し、近代詩文書運動の推進に情熱を傾ける。昭和62年、文化功労者として顕彰され、平成2年に文化勲章を受章。平成6年、東京都名誉都民として顕彰される。
 氏は平成13年11月5日にご逝去されました。ご冥福をお祈りいたします。
亀井 忠雄平成19年3月15日顕彰
亀井 忠雄 (かめい ただお)さん(能楽囃子方 中町在住)
 昭和16年12月1日、葛野流大鼓方の亀井俊雄の二男として生まれる。
 5歳の頃より、父の手ほどきを受け、昭和24年、「熊野」で初舞台。その後、川崎九淵、吉見嘉樹に師事し、以後、着実に重要曲を披き、高度な技法を身につける。平成6年には、観世寿夫記念法政大学能楽賞を受賞、平成10年葛野流宗家預かりとなり、流儀の指導的立場にある。平成14年重要無形文化財保持者(人間国宝)の認定を受け、平成16年には、紫綬褒章を受章した。その抜群の技量、高い芸術性をそなえた音色の美しさには定評がある。平成3年から社団法人能楽協会常務理事、平成9年から社団法人日本能楽会理事を務め、伝統芸能の普及に尽力している。平成24年、春の叙勲において旭日小綬賞を受賞。平成24年葛野流宗家となる。
草間 彌生平成24年3月15日顕彰
草間 彌生 (くさま やよい)さん (前衛芸術家・小説家 原町二丁目在住)
 昭和4年松本市生まれ。
 10歳の頃から水玉と網模様をモチーフに絵を描きはじめ、その後、画家を志して水彩、パステル、油彩などを使った幻想的な絵画を制作する。昭和32年に渡米し、網目や水玉の増殖するイメージを基にした巨大な平面作品、ソフトスカルプチャー、鏡や電飾を使った環境彫刻などを次々と発表し注目を集めた。昭和48年に帰国後も国内外で美術作品の制作発表を続けながら小説、詩集も多数発表している。
 平成21年、文化功労者として顕彰され、平成28年には文化勲章を受章。
故 小平 邦彦平成9年3月15日顕彰
故 小平 邦彦 (こだいら くにひこ) さん (数学者 中落合三丁目)
 大正4年3月16日、東京府下淀橋町柏木生まれ。
 昭和19年東京帝国大学物理学科の助教授に就任。昭和24年、米国プリンストン高級研究所からの招待状により渡米。頭脳流出第1号となる。昭和29年、国際数学者会議において優れた業績を上げた数学者に贈呈される「フィールズ賞」を日本人として初めて受賞する。昭和32年、日本学士院賞受賞、同年、文化勲章を受章する。ブリンストン大学、ハーバード大学等の教授を歴任。昭和40年、日本学士院会員となり、昭和42年帰国。東京大学数学科教授に復帰後、昭和46年には同大理学部長に就任。昭和62年、勲一等瑞宝章を受章。
 氏は平成9年7月26日にご逝去されました。ご冥福をお祈りいたします。
三遊亭 金馬平成19年3月15日顕彰
三遊亭 金馬 (さんゆうてい きんば)さん(落語家 新宿七丁目在住)
 昭和4年3月19日、東京都深川に生まれる。
 昭和16年、12歳で三代目三遊亭金馬の門に入り、少年落語家・山遊亭金時の芸名でデビュー。昭和20年には二つ目に昇進し、三遊亭小金馬を襲名した。昭和30年、バラエティ番組の元祖といわれるNHKのテレビ番組「お笑い三人組」に出演、明るい芸風で、テレビの草創期に大変な人気を博した。昭和33年に真打に昇進、昭和42年に四代目三遊亭金馬を襲名した。昭和45年には文化庁芸術祭にて優秀賞を受賞、平成12年には勲四等瑞宝章を受章した。登場人物のセリフ回しや仕草といった話芸の基本だけで、ストーリーを容易に楽しませる落語を演じ、文七元結、藪入り、淀五郎等の人情話を得意とする。社団法人落語協会常任理事、日本演芸家連合会長、社団法人日本芸能実演家団体協議会副会長を歴任する。
高階 秀爾平成25年3月23日顕彰
高階 秀爾(たかしな しゅうじ)さん(美術評論家・中落合一丁目在住)
 昭和7年東京に生まれる。
 昭和28年東京大学教養学部教養学科を卒業後、同大学大学院在学中に、フランス政府招聘給費留学生として渡仏し、パリ大学附属美術研究所及びルーブル学院にて西洋美術史を専攻した。
 帰国後、昭和46年から東京大学において助教授、教授を歴任し、優れた後進の育成に意を尽くすとともに、主としてイタリア・ルネッサンスからフランス近代に及ぶ西洋美術の研究や評論活動を行い、国際美術史学会など多くの国際シンポジウム・回議における研究発表等、大きな業績を残してきた。
 平成4年に国立西洋美術館長に就任し、現在は大原美術館館長を務めるなど、豊かな知識と経験により実際の美術館運営においても大きな実績を挙げ、さらに、文化審議会の初代会長をはじめとする数多くの公的な委員の任にあって、我が国の文化行政にも大きく尽力してきた。
 平成17年、文化功労者として顕彰され、平成24年には文化勲章を受章。
 新宿区においても文化芸術の振興に力を注ぎ、平成20年11月「新宿区文化芸術の振興に関する懇談会」会長に就任し「新宿区文化芸術振興基本条例」の成立に尽力した。
 平成22年4月「新宿区文化芸術振興会議」会長に就任。
故 田中 傳左衞門平成9年3月15日顕彰
故 田中 傳左衞門 (たなか でんざえもん) さん (歌舞伎長唄囃子方 中町)
 
明治40年7月17日、東京市本郷区(現文京区)にて十世田中傳左衛門の二男として生まれる。
 明治45年、父について歌舞伎囃子の修業を始める。大正6年に初舞台。大正9年、帝国劇場に出勤を始め、大正10年歌舞伎興行初舞台。昭和7年、「長唄囃子研究所」を設立し、伝統ある歌舞伎囃子の正統の研究を進める。昭和21年十一世田中傳左衛門を襲名。昭和39年、「歌舞伎囃子協会」を設立、初代会長として歌舞伎囃子の保存、振興に尽力する。昭和45年紫綬褒章受章、昭和49年モービル音楽賞受賞。昭和53年には重要無形文化財(人間国宝)に認定される。
 氏は名誉区民として顕彰された翌日の平成9年3月16日にご逝去されました。ご冥福をお祈りいたします。
鶴賀 若狭掾平成14年3月15日顕彰
鶴賀 若狭掾 (つるが わかさのじょう) さん(新内節浄瑠璃 神楽坂在住)
 
昭和13年7月11日、東京市牛込区神楽坂生まれ。
 幼少の頃より新内節の太夫(語り手)であった父の鶴賀伊勢太夫から、新内節浄瑠璃の手ほどきを受ける。
 昭和33年に鶴賀伊勢路太夫を名乗り本格的に新内節太夫の活動を始めた。昭和48年に鶴賀伊勢太夫を、平成12年に鶴賀若狭掾を襲名し11代目鶴賀流家元となる。
 新内協会理事長に就任し、新内節の普及発展に尽力、後継者の育成に努める。
 古典の発掘と新曲の創作で新内の魅力を拡げ、また、日々技芸の研鑽に努め、伝統的新内節浄瑠璃の技芸を高度に的確に体現し、かつ、これに精通し、平成13年、重要無形文化財保持者(人間国宝)の認定を受ける。平成17年天皇・皇后両陛下の行幸啓を仰ぎ天覧リサイタル開催。平成21年旭日小綬賞を授与される。
 海外講演40数か国。文化庁文化交流使。
東音 宮田 哲男平成12年1月5日顕彰
東音 宮田 哲男 (とうおん みやた てつお) さん (長唄唄方 払方町在住)
 
昭和9年3月25日、北海道札幌市生まれ。
 昭和25年稀音家六幸治に入門し、長唄の修行を始め、昭和28年、8代目稀音家三郎助に師事し、さらに同年、東京芸術大学音楽部邦楽科に入学、山田抄太郎に師事して研鑽を積んだ。卒業後は、同校の研究科に入学し、技芸の更なる錬磨とともに長唄の音楽的研究にも取り組んだ。研究科終了後は、活発な演奏活動を展開し、長唄唄方の代表的演奏家として現在に至っている。生来の美声に加えて、長年の研鑽により磨かれたその技芸は、平成10年に重要無形文化財(人間国宝)の認定をはじめ、数々の賞を受賞し、高く評価されている。また、東京芸術大学出身の長唄演奏家の集団である、長唄東音会の重要な一員として、後継者の養成にも熱心に取り組んでいる。
鳥羽屋 里長平成16年1月5日顕彰
鳥羽屋 里長 (とばや りちょう)さん(歌舞伎音楽長唄唄方 矢来町在住)
 
昭和11年2月4日に生まれる。
 幼少のころから父の二世芳村五郎治に手ほどきを受け、昭和26年に杵屋栄之助に入門して初舞台を踏む。昭和38年、歌舞伎初出演、以後も研鑽に励み、昭和49年に鳥羽屋宗家を継承、七世鳥羽屋里長を襲名した。昭和55年には、第34回文化庁芸術祭優秀賞を受けた。平成6年から国立劇場伝統芸能伝承者養成「歌舞伎音楽(鳴物)」研修講師、平成11年同「歌舞伎音楽(長唄)」研修主任講師として、後継者の育成にも努めた。平成14年、歌舞伎音楽長唄の技法を高度に体現し、かつ、これに精通しているとして、重要無形文化財保持者(人間国宝)の認定を受け、平成16年には旭日小綬章を受章した。また、社団法人長唄協会会長、社団法人伝統歌舞伎保存会理事などを歴任し、この分野の振興にも尽力している。
故 富永 直樹平成9年3月15日顕彰
故 富永 直樹 (とみなが なおき) さん (彫刻家 若葉一丁目)
 
大正2年5月18日、長崎県長崎市生まれ。
 昭和25年の第6回日展出品作「殊勲者」で特選を受賞、以後3年連続で特選を受賞する。昭和47年の改組第3回日展出品作「新風」では、日本芸術院賞を受賞する。昭和49年、日本芸術院会員となり、彫刻界に確固たる地位を確立する。また、郷土長崎市の芸術振興のため、長崎市立城山小学校に「原爆子ども記念碑(少年平和像)」等を制作したほか、平成3年には新宿区立漱石公園内に「夏目漱石像」を制作する。昭和59年、文化功労者として顕彰され、平成元年には文化勲章を受章する。
 氏は平成18年4月11日にご逝去されました。ご冥福をお祈りいたします。
西川 扇蔵平成12年1月5日顕彰
西川 扇蔵 (にしかわ せんぞう) さん (日本舞踊家 市谷台町在住)
 
昭和3年6月22日、東京市下谷区(現台東区)生まれ。
 昭和8年に初舞台を踏み、7歳で十世宗家西川扇藏を襲名し、宗家を継承する。その後、西川流の伝統技法の習得に努め、その表現力に磨きをかけた。古典作品の的確な表現に加えて、新作の振り付けや上演でも実力を示し、その舞台成果は、平成11年に重要無形文化財保持者(人間国宝)の認定をはじめ、数々の賞を受賞し、高く評価されている。また、昭和30年には社団法人日本舞踊協会理事、後に同常任理事に就任し、平成2年には財団法人日本舞踊振興財団(現公益財団法人日本舞踊振興財団)を設立し、理事長として日本舞踊の古典発掘・研究・保存・伝承や、海外活動等を通じての日本舞踊の国際化に尽力している。
三川 泉平成16年1月5日顕彰
故 三川 泉 (みかわ いずみ)さん(能シテ方 本塩町)
 
大正11年2月1日、宝生流能シテ方の三川寿水の四男として生まれる。
 昭和4年に宝生流宗家の十七世宝生九郎重英(日本芸術院会員)に入門し、同年初舞台を踏む。
 昭和20年からは野口兼資(日本芸術院会員)に師事して研鑽に励み、重要曲を次々に披き確かな力量を示した。繊細精妙で品格のある芸風、明確な謡に定評がある。昭和56年から60年まで、社団法人日本能楽会理事に就任し、後継者の育成とこの分野の振興にも尽力している。平成13年には、宝生英雄追善能において「姨捨」を披き、宝生流能シテ方の技法を最高度に発揮して、高い評価を得た。
 平成15年、能シテ方の技法を高度に体現し、かつ、これに精通しているとして、重要無形文化財保持者(人間国宝)の認定を受けた。
 氏は平成28年2月13日にご逝去されました。ご冥福をお祈りいたします。
室瀬 和美平成24年3月15日顕彰
室瀬 和美 (むろせ かずみ)さん (漆芸家 下落合四丁目)
 
昭和25年生まれ。
 東京藝術大学大学院修士課程で田口善国に師事するとともに、漆芸作家であった父・室瀬春二、松田権六の指導を受け、蒔絵を中心とする伝統的な漆芸技法を幅広く習得した。さらに、国宝等の漆工品の保存修理及び復元模造にも携わりながら漆芸作家として創作活動を活発に展開し、蒔絵技法及びその表現について研究を深めた。平成20年には、蒔絵の制作技法を高度に体得し、かつ、これに精通しているとして、重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定された。
柳家 小三治平成27年3月23日顕彰
柳家 小三治(やなぎや こさんじ)さん(落語家)
 昭和14年12月17日東京都生まれ。
 高校卒業後、昭和34年に五代目柳家小さん(重要無形文化財「古典落語」(各個認定)保有者)に入門し、柳家小たけの名で前座修業を始める。昭和38年、二つ目に昇進し、柳家さん治と改名して精進を重ねる。昭和44年には真打ちに昇進し、柳家一門の由緒ある名跡・十代目柳家小三治を襲名した。
 その後も芸に磨きをかけ、昭和51年に日本放送演芸大賞、昭和56年に芸術選奨文部大臣新人賞を受賞した。さらに、平成16年に芸術選奨文部科学大臣賞、平成17年に紫綬褒章、平成26年に旭日小綬章を受章したほか、平成26年には重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定される。巧みな人物・情景描写に基づきつつ、ひょうひょうとした味わいの中に自然なおかしみを醸し出す芸は、江戸の滑稽噺の正統を継ぐものとして高い評価を受けている。一方で、これらの評価に満足することなく、自らの芸の高みを追い求める姿勢は、後進にも大きな影響を与えている。 
 また、自らの弟子を養成するとともに、社団法人落語協会理事、同協会会長、一般社団法人落語協会(旧社団法人落語協会)顧問の要職を務めるなど、後進の指導・育成にも尽力している。
故 やなせ たかし平成16年1月5日顕彰
故 やなせ たかし さん(漫画家 片町)
 大正8年2月6日、高知県に生まれる。
 東京高等工芸学校(現千葉大学)卒業後、高知新聞社、三越百貨店宣伝部等を経て、昭和29年独立する。
 その活動は多岐に渡り、絵本作家のほか、作詞家としては「手のひらを太陽に」などを世に出し、雑誌編集者、詩人、作曲家、漫画家、脚本家、舞台演出家等としての活躍は、とどまるところを知らない。平成25年には、国民的キャラクターとして愛されている代表作「アンパンマン」の絵本出版40年、その人気を不動のものにしたアニメ「それいけ!アンパンマン」のテレビ放送開始25年、映画化25年、そして、やなせ氏の画業60年という節目の年を迎えた。
 氏は平成25年10月13日にご逝去されました。ご冥福をお祈りいたします。
山勢 松韻平成14年3月15日顕彰
山勢 松韻 (やませ しょういん) さん(筝曲演奏家 市谷在住)
 昭和7年12月、東京市牛込区生まれ。
 実姉が母方の大伯父である三世山勢松韻家の養女となり、五代山勢松韻となっていたことから、幼少より箏、長唄、日本舞踊を学ぶ。その後、専門的研修を志し東京芸術大学に進み、中能島欣一教授に就いて学ぶ。専攻科修了後、昭和39年~40年、アメリカワシントン大学客員講師として勤務の傍ら、アメリカ各地で演奏会を開催。在米中、日本音楽としての芸域を広げる必要を痛感し、帰国後、東京芸術大学大学院修了、研鑽に努めた。昭和60年からほぼ毎年のように文化庁芸術祭参加または協賛演奏会を開催し、芸術祭賞を3回受賞、平成8年度文化庁芸術選奨文部大臣賞を受賞。平成10年に紫綬褒章を受章。平成13年、重要無形文化財保持者(人間国宝)の認定を受ける。
 平成14年日本芸術院賞を受賞。平成20年日本芸術院会員。平成25年、文化功労者に顕彰される。
故 米川 敏子平成9年3月15日顕彰
故 米川 敏子 (よねかわ としこ) さん (箏曲演奏家 杉並区)
 大正2年2月2日、兵庫県姫路市生まれ。
 幼少から箏曲演奏家の父米川琴翁に生田流箏曲の手ほどきを受ける。古典演奏では深い作品解釈と的確で安定した演奏法により、深い境地を示す。
 氏の演奏・作曲活動は、昭和17年の日本文化連盟コンクール第一位を始め、芸術祭奨励賞、芸術祭優秀賞等を受けるなど、高く評価されている。また氏は、社団法人三曲協会会長など関係団体の要職を務め、幅広く後進の指導、育成に尽力した。
 平成8年には、重要無形文化財保持者(人間国宝)の認定を受ける。
 氏は平成17年12月13日にご逝去されました。ご冥福をお祈りいたします。

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