新宿区の指定・登録文化財と地域文化財

最終更新日:2022年4月1日

シンボルマーク文化財愛護シンボルマーク
 新宿区は、古くから歴史的環境に恵まれ、地域の歴史や文化を伝える多くの文化財が伝えられています。
 新宿区では、これらの貴重な文化財を永く後世に伝えていくため、昭和58年に「文化財保護条例」を制定し、区内の文化財で特に貴重なもの、保存する必要のあるものを区指定文化財・区登録文化財として保護するとともに、ガイドブックや地図での紹介、説明板の設置、一般公開の実施など、周知や活用をはかっています。
 また、平成23年4月からは新たに「地域文化財」制度を創設し、明治時代から高度経済成長期に至る近現代の文化財を中心に、保護と活用に努めています。

新宿区指定・登録文化財と地域文化財の紹介

新たに指定された文化財と地域文化財

 令和4年2月4日付で指定文化財が1件、1月26日付で地域文化財が1件決定しました。

指定文化財(古文書・古記録) 「済松寺文書」

大猷公上洛道中之詠歌集「大猷公上洛道中之詠歌集」
「済松寺文書」(さいしょうじもんじょ)

所在地:新宿区榎町77 (通常非公開)

 臨済宗済松寺に伝わる計173件の古文書群です。年代は、正保2年(1645)から明治4年(1871)まで226年間に及びます。
 済松寺は臨済宗妙心寺派の寺院で、江戸時代を通じて一万坪あまりの境内地と、345石の寺領を牛込・戸塚・そのほか周辺地域(現在の新宿区域の北部中央一帯)に拝領していました。
 古文書群の内容は多岐にわたります。具体的には、済松寺の開祖祖心や、祖心に済松寺の創建を命じた江戸幕府三代将軍徳川家光に関する資料、お寺の由緒、聖教経典、堂舎の再興に関する記録、寺領の検地帳などが含まれます。
 徳川家との関係を示す資料を多く含んでいる点も特徴的で、済松寺と徳川家のつながりの深さを伺わせます。なかでも寛永11年(1634)に、江戸から京都へ向かう旅中で、家光が詠んだ和歌を祖心が書き留めたとされる「大猷公上洛道中之詠歌集」は、これまで存在が知られておらず、将軍上洛に関わる歴史資料・文学資料として注目されます。
 このほか、寛保2年(1742)から万延2年(1861)までの119年間に、寺領内で起きた出来事を書き留めた古記録群が残されています。これらに記された穴八幡宮や高田馬場流鏑馬に関する資料等は、戦災被害のため現存する地域資料が乏しい新宿区にとって極めて重要な記録です。

地域文化財(文化・芸術/都市・産業) 「ムーラン・ルージュ新宿座跡」

ムーラン・ルージュ新宿座跡「ムーラン・ルージュ新宿座跡」
「ムーラン・ルージュ新宿座跡」(むーらん・るーじゅ しんじゅくざあと)

所在地:新宿区新宿三丁目36-16 (当時の遺構はありません)

 

 戦前、戦後の新宿で一世を風靡したムーラン・ルージュ新宿座の跡地です。
 ムーラン・ルージュ新宿座は、歌や踊りに時事風刺劇などを組み合わせて構成した舞台ショー「レヴュー(大衆娯楽演芸)」の劇場・劇団として、昭和6年(19311231日に開場しました。設立者は佐々木千里(18911961)です。
 公演の構成は、40分ほどの芝居3本と、60分ほどのバラエティ・ショー(歌とダンス)1本の計4本立てを基本とし、明日待子や小柳ナナ子といった看板スターが活躍しました。山の手のいわゆる「小市民」の平凡な日常を、社会に対する風刺を交えながら描く喜劇は、「ムーラン調」と称され、ムーラン・ルージュ新宿座独特の魅力として、山の手の学生やサラリーマンに愛されました。
 昭和20年(19455月の空襲で劇場が焼失するまでに439回の公演を重ね、昭和22年(19475月に復活してから4年後の昭和26年(1951)に解散まで94回の公演を行いました。

本ページに関するお問い合わせ

新宿区 文化観光産業部-文化観光課
電話:03(5273)4126 FAX:03(3209)1500

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