新宿区 景観まちづくり計画 景観形成ガイドライン
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山手通り振り子坂通り0新目白通り一の坂通り山手坂通り4m1.目白文化村のまとまり景観特性2.ゆとりあるまちなみ7-53.目白文化村らしさの継承既存の道路基盤に合わせて整備された道路はやや幅員が狭く、行き止まりが多くなっています。そのため、周辺地域とは違った独特の印象を受けます。また、それぞれの敷地の道路境界部分は開放的になっており、目白文化村としてのまとまりが強く感じられます。「目白文化村」は、大正時代に箱根土地株式会社によって開発された、和洋折衷の住宅や、インフラ・文化施設の充実した画期的な住宅地でした。その後建替えも進み、当時を偲ばせる住宅はわずかしか残っていませんが、「整った道路基盤」や「ゆとりある敷地規模」、「下部が大谷石積みでできた塀や門」、「みどり豊かなまちなみ」などに今も、目白文化村の面影が受け継がれています。建て替えられていても、塀や柵、その下部の石積み部分、庭のとり方や形態意匠などの空間構造は、従来の文化村の雰囲気が継承されています。わずかながら、文化村の形態意匠を受け継ぐ住宅が残存しています。エリア別景観形成ガイドライン 7 落合第一地域目白文化村の分譲当初の敷地規模は100~200坪であり、広々とした敷地に開放的な前庭をそれぞれが持っていました。現在では細分化も進んでいますが、おおむね50~100坪程度の敷地規模を維持しており、今なお、ゆとりあるまちなみとなっています。谷地に位置するため、周囲より少し低くなっています。また、目白文化村創設時に計画的につくられた鍵型の道路基盤により、まとまりのある景観となっています。分譲当初に建てられた文化住宅は、三角屋根を特徴とする和洋折衷様式です。現在でも数箇所に存在し、また、建替えられた後も、外構*を含め(大谷石積みの基壇や門、木柵や生垣など)、良質な意匠*を踏襲したものや、目白文化村らしさを継承した部分が多く見られます。【凡例】眺望点整った街路江戸以来の街路目白文化村創設時からのまとまりある街路坂道(下から上)T字(L字)のアイストップ目白文化村の範囲(第一・第二)文化村創設当初からの文化住宅文化住宅の意匠特徴を継承した住宅文化村らしい公私境界エリア境界目白文化村(第一・第二)豊かなみどりのまとまり開放的なしつらえ50100S = 1 : 6000200m目白通りゆとりある敷地規模と建築物前庭の設置道路文化村目白文化村第四)7-177-7-11-17-7-5 目白文化村周辺エリア行き止まり路

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