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館林つつじまつり

最終更新日:2013年5月3日

5月3日(金)午前11時~
 「館林つつじまつり」(群馬県館林市 つつじが岡公園)
写真:あいさつする新宿区長
写真:鉄砲組百人隊
写真:鉄砲組百人隊
群馬県館林市の「館林つつじまつり」に招かれ、江戸幕府鉄砲組百人隊保存会の皆さんによる新宿区無形民俗文化財「鉄砲組百人隊行列」の披露が勇壮に行われました。江戸時代、大久保(百人町)に住んでいた鉄砲組百人隊が神社に奉納したと伝えられる出陣式を再現したものです。

館林市の「つつじが岡公園のつつじ」と、江戸以来の歴史をもつ鉄砲組百人隊と「大久保つつじ」は深い縁があります。
江戸時代、幕府の警護にあたっていた鉄砲組百人隊の同心たちは大久保(百人町)に住み、彼らは副業として「つつじ」の栽培を始め、大久保は「つつじ」の名所として、江戸名所図会などでも紹介され、江戸時代後期には全盛期を迎えました。
明治時代になり、大久保にはいくつものつつじ園が開設され、多くの人々が大久保に「つつじ」の見物に訪れました。明治天皇の詠まれた歌「まがねしく 道のひらけてつつじ見に 行く人おほし 大久保の里」も残されています。このように、江戸時代から昭和初期にかけて、大久保一帯は、「つつじ」の名所でしたが、宅地開発等の影響で衰退していく中、大正4年(1915)に館林の方が大久保の萬花園の「つつじ」を買い取り、館林市の「つつじが岡公園」に寄付をされたことが記録に残っています。

新宿区では、かつて、「つつじ」の里であった大久保の土地の記憶を皆で共有できるよう、平成17年に「つつじが岡公園」のつつじの挿し芽をいただいて育て、平成20年4月、安楽岡一雄館林市長の出席のもと、大久保の地に江戸以来の「大久保つつじ」を里帰りさせることができました。さらに、平成21年には大久保小学校に6本の「つつじ」を寄贈していただき、大久保小学校の子どもたちが「大久保つつじで人がつながる街」を合言葉に、大久保を再び「つつじ」の名所にしようと、大久保地域の人々とともに活動しています。
区では、新大久保駅東側の西武新宿線の擁壁にも西武鉄道のご協力のもと植樹し、地元とともに「大久保つつじ」の復活を目指しています。

「館林つつじまつり」での鉄砲組百人隊の勇壮な演武には大きな拍手が沸き起こり、見学に来られた館林市民の方から、「今日は、素晴らしいものを見せてもらえてうれしかったです。鉄砲の物凄い発砲音でびっくりしたけれど、迫力があって感動しました」との喜びの声をたくさんいただきました。大久保をつつじの名所とした鉄砲組百人隊の演武を、館林市で披露できたことをたいへんうれしく思っています。まさに「つつじ」が取り持つ新宿区と館林市の歴史的なゆかりによるものです。鉄砲組百人隊の勇壮な行事から、「つつじ」が育んだ新宿区と館林市の歴史や大久保の土地の記憶・まちの記憶を思い起こしていただければ幸いです。
朝早くから準備して、館林市に向かった鉄砲組百人隊の皆さん、本当にお疲れさまでした。


写真:鉄砲組百人隊演武
写真:鉄砲組百人隊演武
写真:館林つつじが岡公園のつつじ

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